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『ラスベガス』予習

ラスベガス (SD選書 143)ラスベガス (SD選書 143)
(1978/01)
R.ヴェンチューリ

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■キーワード1: 象徴主義(シンボリズム)

ラスベガスは本書の主題ではない。建築の形態の象徴性がそうなのだ。(19p)

著者がこのように述べるように、この本はラスベガスの都市調査の結果をもとに、近代建築で無視されてきた、建築における象徴主義の重要性を説いている本です。

初期モダニズムの建築は、多くその形態のネタ元を工場や穀物用エレベーターなどの工業建築にとってきました。しかし近代建築家はそのことを認めていません。なぜなら、近代建築においては、建物の形態は純粋にその建物に求められる機能に基づいて決められるべきであり(機能主義)、近代建築の形態が工業建築のそれを模しているというのは、機能主義に矛盾するからです。その結果、近代建築家は建築に働くイメージの連想作用の効果(=象徴性)を無視してきました。しかし同時に、工業建築や機械のイメージを参照したことで、「工業建築・機械は機能的である」→「近代建築の形態が工場や機械に似ている」→「近代建築は機能的である」という連想作用が発生してもいたのです。

60年代、既にCIAM(近代国際建築家会議)が崩壊し、コルビュジェ、ミース、グロピウスといった近代建築を切り開いてきた巨匠たちが相次いで亡くなった時代に、近代建築家たちは初期近代建築――20世紀初頭の工業建築を形態のネタ元とした建築――を形態のネタ元として建築をつくっていました。そして一方で、初期モダニズム以来の(機能主義を理由とした)象徴主義の否認が、依然として受け継がれていました。ヴェンチューリらは、ラスベガスの都市リサーチをもとに、建築家のこのような態度が現代に即していないことを訴えます。

建築家は建築における象徴主義の効果を認め、自覚した上で建築をつくるべきである。この本の主張はこの一言にまとめられます。改訂版の出版時に付けられた副題“The Forgotten Symbolism of Architectural Form”(「建築の形態の忘れられた象徴主義」)はその点をまさに集約している。

そして、象徴主義の重要性を説いた帰結として、図像学(イコノグラフィー)への関心や装飾の問題が立ち上がることになります。

■キーワード2: 「あひる」と「装飾された小屋」
あひる・装飾された小屋

「あひる(DUCK)」は「空間、構造、プログラムからなる建築のシステムが、全体を覆っている象徴的形態によって隠し込まれ、歪められている」建物、「彫刻になりかけている」建物、

「装飾された小屋(DECORATED SHED)」は「空間と構造のシステムがプログラム上の要請に無理なく従い、しかも、装飾がそれ自身他のものと無関係にとり付けられている」建物を指します。(119p)

前提として、近代建築においては、装飾が否定されてきました(→アドルフ・ロース「装飾は罪悪である」)。機能主義に則り、建物に必要とされる機能に応じて形態が決定されると、基本的に装飾は機能とは関係ないので、排除される傾向にあった。

次に、象徴主義=視覚的な情報による連想作用は、いかなる建物にも不可避的に作用します。建築の象徴性を無視してきたモダニズムの建物にも、何らかの象徴性が備わってしまうことは避けられない。だから、プログラムに従って純粋に機能的な構築をしているつもりでも、そこに象徴性がノイズとして入り込んで形態が複雑化してしまう。近代建築において不可避的に働いていた象徴性は、工場や機械に由来する技術的・機能的なものでしたが(キーワード1)、それらの要素は実際にはその建物にとって機能的でないことが多いと、ヴェンチューリらは言っています(184p)。そういう本末転倒な事態が起こっている。これが「あひる」です。

それに対してヴェンチューリらが提案しているのは、象徴性を担う装飾を構造から分離させようということです。そうすることで本体がシンプルな形態に収まる。ヴェンチューリらはこのような装飾と建築の関連付けをラスベガスのロードサイドに見出し、「装飾された小屋」と呼んでいます。

ちょっとわかりにくいですが、要点としては、近代建築家たちは抽象的な空間の造形に気をとられる余り、建築を彫刻(=「あひる」)にしてしまった。しかし、本来建築はシンプルな覆い(シェルター)でなければならない。単純なシェルターに装飾をつけたものが「装飾された小屋」である、ということです(「彫刻」の例えには、近代建築運動が一部の人々に占有される高尚な芸術となり、本来の「たてもの」としての面が忘れられているという含意があるようにも思えます)。別のところでは、「形態は機能に従わなくていいが、機能はなくちゃならん」とも言っています。

ヴェンチューリらは、この構図を提示した上で、当時の典型的な近代建築家ポール・ルドルフの作品「クロフォード・メナー」(「あひる」)と、自分たちの設計した「ギルド・ハウス」(「装飾された小屋」)を比較しています。(122p)
さらに、《あひる=巨大構造=含蓄の連想作用》と《装飾された小屋=都市スプロール=明示的な連想作用》を対比しています(もちろん後者の系を評価します)。
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