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第3回 ル・コルビュジェ『建築をめざして』(2/17)

参加者は3人でした。

(随時改善・更新してください)

建築をめざして (SD選書 21)建築をめざして (SD選書 21)
(1967/12)
ル・コルビュジェ

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『建築をめざして』(1923)

ピュリズムの画家アメデエ・オザンファン、ポール・デルメーと1920年に創刊した『エスプリ・ヌーヴォー(新精神)』誌の記事をまとめたもの。

○原本には「ル・コルビュジェ=ソニエ」と署名されている。ソニエは『エスプリ・ヌーヴォー』をともに創刊した盟友オザンファンの筆名。いわばコルビュジェ(=シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ)個人の作ではなく、二人の共作が、今日ではコルビュジェのものとして流通している。

○理路整然と論証していくタイプの文章ではない。
   コルビュジェの確固たる美学に基づいた断定・アフォリズム
             ↓
  美学と機能主義がいかに両立しているのか

○「立体も面も平面によって決定される。平面が原動力である。」
   →「形態は機能に従う」の《機能=平面》、《形態=立体・面》?

○建築と工業製品の写真が同じように配置されている。
  →自身の建築が工業製品のように流通することを望んだコルビュジェの意図

■1920年代という時代背景
1914-1918年 第一次大戦
1917年 十月革命、ソビエト政府樹立
1919年 ヴェルサイユ条約(ヴェルサイユ体制)
1920年 国際連盟発足

○ヨーロッパの荒廃→1900万人の死者、都市に流れ着いた多くの人々
 (彼らを収容する住居の需要)
○国民国家体制の変容→近代国家
 (新しい統治単位(=家族)を決定づける住居の必要性)
○軍事面での技術革新の恩恵→日常レベルへの機械技術の浸透
 (「機械」への期待→「新精神」)

■コルビュジェと「モダニズム」のズレ
「住宅は機械である」
 
KINDAI.jpg


ル・コルビュジエ (1983年) (20世紀思想家文庫〈10〉)ル・コルビュジエ (1983年) (20世紀思想家文庫〈10〉)
(1983/09)
八束 はじめ

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スタイン邸にせよ、それ以上にサヴォア邸にせよ、それらはただ一度限り、その場においてのみ生産され得る最高度のモニュマンであり、「量産」の精神とはもはや遠い所にあった。それはもはや「宮殿」たろうとしている。パルテノンは必ずしも電話器と等価ではなくなりつつある。(…)「住宅」と「宮殿」は直結しない。何故なら、モニュメントとしての後者は、反復性を拒むからだ。(…)ル・コルビュジェは巨匠の道を登りつめつつさえあったが、巨匠という概念すら、本来モダニズムとは馴染まないものなのだ。


 ○サヴォア邸(1929-1931)=近代建築の五原則を実現したモダニズム建築の代表例
 ※ソノダさんがサヴォア邸を訪れた際のビデオを持ってきて下さいました!

 ○ロンシャンの礼拝堂(1950-1955)→機能性・合理性重視のモダニズム建築からかけ離れた特徴を持っている

※コルビュジェにとって実作より理念の方が重要だった(→ある意味場所性を重視しない)
 (S・V・モース『ル・コルビュジェの生涯』)

■近代と「何でもない存在」の関係
  この時期に政治的・宗教的モニュメントから、一般の人々が住まう住宅に建築の注目が移ったことは重要。


定本 日本近代文学の起源 (岩波現代文庫)定本 日本近代文学の起源 (岩波現代文庫)
(2008/10/16)
柄谷 行人

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 たとえば、(国木田独歩の)『忘れえぬ人々』では、それまで重要なものとみえた人々が忘れ去られ、どうでもよいような人々が「忘れえぬ」ものとなっている。これは、風景画において、それまで背景でしかなかったものが宗教的・歴史的な主題にとってかわるのと同じである。注目すべきなのは、このときそれまで平凡でとるに足らないと思われた人々や事象が意味深いものとして見えてきたことだ。


ここで柄谷は「なんでもない」風景を「見る」人間が「内的」であること、そこに生まれた内面が近代文学の基盤となったことを述べる。
    ↓
近代と視覚との関係(→コルビュジェの「目」への注目、「ものを見ない目」)


マスメディアとしての近代建築―アドルフ・ロースとル・コルビュジエマスメディアとしての近代建築―アドルフ・ロースとル・コルビュジエ
(1996/06)
ビアトリス コロミーナ

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○自身の建築が写真(複製技術)として流通する状況を利用するメディア・アーキテクトとしてのコルビュジェ(『建築をめざして』他で自身の理念をより明確に打ち出すために写真を修正)
○写真は建築の固有性や場所性を剥がしてしまう
○コルビュジェにとって窓は外を見るためのものだった(カメラとしての住宅)



■コルビュジェとファシズムの親和性

(要編集)

夢と魅惑の全体主義 (文春新書)夢と魅惑の全体主義 (文春新書)
(2006/09)
井上 章一

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コルビュジェの「ソビエト・パレス案(1930)」と丹下健三の「広島平和記念公園(1955)」が似ている。
※コルビュジェと同様に近代文明・機械文明を称える芸術運動としてイタリアに登場した未来派は、のちにファシズムに回収されていく

○思いつき=建築家の「設計」「計画概念」の是非について、社会主義的な計画経済と資本主義的な市場経済の対比で考えられるのでは?
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コメント一覧

アサノ

今回に関しては読書会の実際の模様をまとめるんじゃなくて、読書会で出た話をもとに事後的にまとめてます。時代背景の話とかはほとんどしてないはず。

『建築をめざして』本文自体に関するまとめがもうちょっと必要だろうな。

『夢と魅惑と全体主義』のところは喫茶店で意識が朦朧としてたのでどんな感じだったか覚えてない……。まず丹下は平和記念公園でよかったっけ?

とりあえずまとめると、口では「機能を突き詰めていくと普遍的な美が得られる」と説きながら、機能と個人的な美学の間で揺れ動いてたのがコルビュジェの魅力。という感じではないかと。で、個人的な美学が暴走したのがロンシャンだった、ということでいいのかはまだよくわからない。

ソノダ

このあいだのはなしの中で、面白いなあと思わずメモをしたのは、「ル・コルビュジエは(マス)メディアを利用して、アドルフ・ロースはあえて利用しなかった」というものでした。
メディアを利用するとは、つまり自分の設計した建物を写真に撮って、そこに気に入らない箇所があればペンか何かで書き足して、その修正したものを雑誌やらで広く宣伝するという手法のことだったと思います。
このエピソードが物語っているのは、一時期のコルビュジエは「視覚」にばかり気をとられていたということなのだろうか。あるいは、ちょっとやってみたかっただけなのだろうか。いずれにせよ、「建築は実物を見てこそ」という当たり前が、ちょっとゆらいだ気分でした。
あるいは、こうも考えられるんじゃないか。どういうふうに修正を加えたのか、ゲンブツを見たことはないのだけれども、もしかすると何かを「書き足す」ことによって、書き足された写真の部分をおおい隠してしまって、見る人を誘惑しようとした。今、書いてみて思い出した。何かを隠して、それをよりよく見せようとする、この論法は栗本慎一郎の『パンツをはいたサル』という本にあります。

べっしー

コルビュジェの根底にある精神は一貫しているのか、それとも変化していったのか。

というのが個人的に気になった。コルビュジェがみずからの論に忠実に作品を作り続けたのか、自説を曲げたイレギュラーとしてロンシャンが登場したのか。

ロンシャン以外のイレギュラーを調べておく。


俺は本を読む時、理論が「使える」かがすっごい気になるわけですよ。コルビュジェの作品が現代に通じるなら、作品を構成する指標線を現代の設計に導入していくと上手く行くケースも多いんじゃないか。

例えばプレハブ住宅が建築家に批判されたりするけど、指標線みたいな分かりやすい理論を導入すれば結構いい形が出ると思うんよね。


なんか意見と感想が混じってしまった。

アサノ

ソノダさんの話(ロースとコルビュジェの対比)は、上でリンクしてるビアトリス・コロミーナ『マスメディアと近代建築』にあります。

-----------------------------------------------
ル・コルビュジェはシュウォブ邸の写真を「ピュリスム」の美学に一層近づけるため、エアブラシで修正している。例えば「庭側のファサード」では、彼はバーゴラを塗り潰し、地表の白い痕跡だけを残している。さらに庭にあった植物やまぎらわしいもの(灌木、木登り用の木、犬小屋)も消去され、外壁のくっきりしたシャープな線が強調されている。(…その他、コルビュジェによる修正の羅列…)だが、「レスプリ・ヌーヴォー」で発表された写真で最も顕著な修正は実際の敷地に関するもので、実はこの敷地はけわしい傾斜地にあったのである。敷地を消去してしまうことで、彼は建築を敷地から相対的に自立したオブジェに変えたのである。この観念的な住宅と観念的な敷地の関係は、一九二〇年代のル・コルビュジェの建築にたえずつきまとうものだ。
(…)建築以外でもル・コルビュジェは、彼の理論を強調するため似たようなテクニックを使っている。例えば「レスプリ・ヌーヴォー」やのちの『建築をめざして』で発表されたピサの写真は、彼自身の最初のイタリア旅行のコレクションからとられたものだが、しかしこれを複製するに先立ち、基壇の線の純粋性と明晰性を強調するため、彼は写真の一部を黒インクでなぞっているのである。
(…)ル・コルビュジェにとって、建築作品の敷地に対する関係やその物質的実現は二次的な問題だったと、スタニスラウス・フォン・モースは書いている。つまり彼にとって建築とは、観念の純粋な領域で解決されるべきコンセプチュアルな問題だったのであり、それが建てられるや、現象する世界に混濁され、必然的に純粋性を失ってしまうものだったのだ。だが重要なことは、この同じ建てられた建築の一片が印刷物の二次元の空間に入り込んでくるや、今度はふたたび観念の領域に回帰していくことである。
-----------------------------------------------

ここで述べられているコルビュジェによる写真の修正は、場所性・物質性を排除するプロセスだと考えていいと思うんですよね。

1.コルビュジェの頭の中の理想的な建築
      ↓
2.実際に建設された建築(場所性・物質性が付与される)
      ↓
3.写真に撮られた建築(場所性・物質性が損なわれる)
      ↓
4.修正を施された写真上の建築(さらに恣意的に場所性・物質性が排除され、1に近づく)

こうしてメディアに載せられた写真は、より正確に本来のコルビュジェの思い描いたコンセプトを伝播させる。こうした過程のなかでつくられたコルビュジェの「モダニズム」(のイメージ)が、どれほど今現在イメージされる「モダニズム」とギャップがあるのかはわかりませんが、二つのイメージが近いとすれば、やっぱり近代建築においては場所性や物質性の問題が隠蔽されてたんじゃないかという印象を持ちます。
しかし実際には、ある種のアイデンティティをおびやかす事態が進行していたのではないか。
そうした問題が、現代になって露呈してきてるのではないでしょうか。かなりテキトーな概観ですが。
この辺も「住宅」がキーワードになりそう。

アサノ

別所のコメントの

>コルビュジェの根底にある精神は一貫しているのか、それとも変化していったのか。

は、これも上でリンクしてる八束はじめ『ル・コルビュジェ』に、「ル・コルビュジェの不連続における連続、転向における非転向(あるいはその逆も)を見据えていくこと、それが本書の主題に他ならない」とあるのでこれを読むべきかも。

俺も後半完全に流し読みだったので読み直しとく。

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